2009年4月16日木曜日

南波幸雄さんの 「 企業情報システムアーキテクチャ」を読んで

研究メンバーの南波さんの本(右の本棚に掲載)が出版された。まずは、お祝いを述べたい。この本はアーキテクチャーの本ではあるが、その前に、企業情報システムと記されている点を注意したい。
もとより経営情報学は経営学と情報学との補完的な関係あるいは2つの領域の融合を目指しているわけではあるが、しかし、相変わらず経営学と情報学を並列的に、あるいはどちらかの視点が主で、もう一方が従である議論も少なくない。この本を読めばすぐわかるが、企業経営のなかでのアーキテクチャーの位置を確認し、それを構築している点が、大きな特徴であり、まさしく経営情報学とは何かを示唆している。
ところで、この本で私たちにとって大変重要な指摘が書かれている。
私たちの本「IT投資マネジメントの発展」で強調したレディネスが、きちんと取り扱
われていることである。
南波さんによれば、経営戦略との情報システムの関係の議論は、ながらくITは経営の道具、という俗説的アライメント論に振り回されてきた。つまり経営戦略をきめその道具としてIT、情報システムが構築されるべきだという議論が主流であった。
しかし、南波さんが強調しているのは、逆の矢印もあるはずだ、つまり、ITや情報システムが経営戦略に影響を与える、あるいは経営戦略に先立って情報システム、とりわけ基盤的、基幹的情報システムは構築されねばならないという点である。
この議論は、本のなかでも述べられているように、私たちの本、とりわけ、小酒井さんの8章「インタンジブルズの管理」で示されたレディネスの概念を、情報システム学の視点から、確認したことと読める。
経営戦略と情報システムとが双方向の関係にあるという点、そこにおけるレディネス(備える)を高めるためにこそアーキテクチャーの役割があるのだと指摘した点で、この本は、歴史的な本といえる。つまり経営学と情報システム学が有機的に融合できることを示しているからである。
南波さんから
「ビジネスと情報システムとの関係が、driveとenableの双方向の関係を持っていることより、enableに相当するものは何なのかと考えているときに、レディネスが頭に浮かびました」
とコメントをいただいた。
まさしく、経営情報学の観点からの大きな成果である。

2009年4月10日金曜日

上流下流こだわり論

「ものづくり立国」を標榜する我国では、当然のことではあろうが、「ものづくり」が上流で、「もの売り」が下流と言われている。「もの」を売る前に、「づくり」がある以上それを上流と呼ぶのは当然といえばそれまでのことだが、そのことが「高機能なもの」を作りさえすればいいという信仰になってはいないだろうか。いまさら、言うまでもないことではあるが、SeedとNeedは一方通行ではなく、双方向である。
また、「ものづくり」を利益に結びつけるためには、価値創造と価値獲得の2つの要因が必要である。そして、価値獲得で重要なのは差別化・独自性で、補完的資源としては、販売チャネルとブランドの2つがなければ、価値獲得は難しいと言われている(延岡健太郎、(2006))。
さらに、古くはChandler, Jr.(1977)が、厳密な言い方ではないが、「もの売り」を前方といい、「ものづくり」を後方といっている。また、新しいところではTeboul(2006)が販売・サービスを表舞台といい、サプライチェーンを裏舞台といっている。何も、海外の考え方だからといって担ぐ心算はないが、「ものづくり上流論」には、「ガラパゴス製品」をついつい作ってしまう危うさを感じる。
一方、ソフトウェアの世界では、「上流」、「超上流」という言葉が俄然注目を集めている。このこと自体は悪いことではないが、この言葉を聞くと、新しい工場建設に携わったのであれば、工場計画もできるだろうという昔話を思い出す。計画と建設は全く異なる知識領域あるいは文化を持っていると思う。したがって、「上流」という言葉は「下流から遡れる」という印象を与えかねないという危うさを感じる。
エンジニアリング業界では、「上流」に相当する業務をFEED(Front End Eng-
ineering)と呼んでいる。エンジニアリング業界に身を置いたことのある筆者としては、この言葉の方に親しみを感じる。ハードウェア・エンジニアリングとソフトウェア・エンジニアリングとを同一視する心算はないが。
もしかすると、「上流・下流」と「前方・後方」という言葉遣いは、「縦社会」と「横社会」の意識の差からくるものであろうか、あるいは単なる「事大主義」であろうか。

2009年4月8日水曜日

アーキテクチャ論批判

アーキテクチャは、zachmanのフレームワークにもとづく「エンタープライズアーキテクチャ」が創始とされる。また、As-Isモデル、To-BeモデルあるいはNextモデルなどもかつて熱く議論された。さらに、省庁もその普及を主導していた。ある企業は「情報システムの最適化」をするためのものと位置付けていた。システム論として考えれば、「最適化」とは、システムモデル、制約条件あるいは目的関数について明確な定義が不可欠であるが、明確になっていたとは言えないかった。今から考えると、当時のアーキテクチャの議論では、まだ「ビジネス」に関する視点が欠けていたのではなかろうか。
一方、藤本隆宏・武石徹・青島矢一編著『ビジネス・アーキテクチャ』有斐閣 2001が著名であるが、このビジネスアーキテクチャ論は、製品のアーキテクチャを議論しており、それが産業と生産プロセスにどのように影響するかが議論の中心であったため、企業のビジネスモデルを対象としているとは言い難い。ビジネスアーキテクチャには、プロダクトアーキテクチャ論を超えた検討が必要ではないか。そして情報システムの位置づけも必要なのではないだろうか。
いずれにしても、単独企業のみを対象にするのではなく、連結子会社あるいは提携会社と企業グループ、海外事業、海外生産、研究開発拠点などを反映したアーキテクチャの議論が必要なのはいうまでもない。
また、ビジネスアーキテクチャにリンクした情報システムの議論が不可欠である。情報システムアーキテクチャがビジネスアーキテクチャ、さらに組織アーキテクチャと連携しながら議論されなければならないだろう。情報システムをビジネスシステムの一部と考えるか、相補的な関係を重視するかは議論があるが、情報システム構築のためのシステムアーキテクチャ論に潰えてしまうのは、避けるべきであろうことはいうまでもない。

2009年4月7日火曜日

参考文献一覧

適宜更新します。
1.情報化戦略の進化とコスト・マネジメント (日本管理会計学会企業調査研究プロ ジェクトシリーズ)  
溝口 周二 (著) 価格:¥ 3,675 
出版社: 日本管理会計学会 (2008/02) 発売日: 2008/02  
2.IT投資とコストマネジメント 
 東山 尚 (著), 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS) (監修) 価格:¥ 3,990 
出版社: エヌティティ出版 (2008/11/17) 発売日: 2008/11/17 

2009年4月5日日曜日

PDCAサイクル

マネジメントにとってPDCAサイクルを回すことは必須であるはずですが、それが設備投資であれ、情報投資であれ、あるいは研究開発費であれ、実際にはそれらの経済的事後評価は行われていないようです。
それは、投資経済性評価指標にも現れており、事前評価については、古くは回収期間にはじまり、最近は正味現在価値、内部利益率/DCF利益率、あるいはリアルオプション価値などが実際に活用されていますが、正味現在価値費比率(=正味現在価値/投資現在価値)というような正味現在価値に対応する事後評価指標(勿論、事前評価にも使えますが)が話題になることはありません。
しかし、事後評価の実施にあたっては、いくつかの問題があります。それは、まず、マクロな経済環境の変化というような外的要因によって、事前評価時点で設定した評価指標や数値が変わってしまうことが想定されます。好況期は売上高であったかもしれませんが、今のような不況期は人件費が重要な指標になってくるはずです。
企業業績に関して、有価証券報告書には、たとえば経常利益などの総体的、集約的評価が記載されているだけです。少なくとも正味現在価値に換算した費用は計算できるはずです。さらに、この総体的な意味でも正味現在価値の費用を、個別の投資、すなわち設備、情報あるいは研究開発費に分配することによって、事後評価としての情報投資利益率も算出できるはずです。
さらに、このデータを蓄積すれば、たとえばリアルオプションの算定に必須なボラティリティ(価値の変動性)のデータも得られることになります。
まさしく、事後評価を可能にする情報がもっと開示されるべきでしょう。

2009年4月4日土曜日

「IT投資マネジメント」PBLコースモジュール

本年度の大学院の授業でIT投資マネジメントをテーマに授業を行う予定です。
PBL(Prohect-Based Learning)の手法を用いて、ケーススタディ、ワークショップスタイルのコースを作成、実施します。
コースモジュールについて、少しづつ作成し、また実施後の状況をここに投稿しますので、ご参照、また、ご意見などお聞かせください。
作成は、以下のblogで公開します。ご参照ください。


フェーズ1.オリエンテーション
(1)IT投資マネジメントの基本
(2)チーム組織化、4名/チーム
(3)ケース紹介
企業名:ユニーク社、業種アパレル(SPA:製造企画販売)、本社は岐阜県
売上高:120億、社員数:250名(非正規社員は1000名)、資本金:2億円
組織:百貨店事業部、ブランド別事業部、生産事業部、事業開発部、管理本部
工場は大阪と中国
想定企業

フェーズ2.情報システム化計画立案
(1)情報シシステム化方針
(2)資源の定義
(3)効果項目の識別
(4)効果算定

フェーズ3.ROI算定、投資採算性評価
(1)年次別費用、効果ワークシート作成
(2)回収期間法
(3)NPV算定
(4)ROI算定

フェーズ4.アラインメント-経営戦略との整合性
(1)経営理念
美しいファッション商品の提供
働きがいのあるチームワーク
創意工夫と挑戦
高能率、高収益、高賃金
(2)SWOT
(3)戦略目標の確認

フェーズ5.戦略マップ
(1)戦略目標の落とし込み
(2)実施項目の定義
(3)マップ作成

フェーズ6.統合情報システム化計画立案
(1)アーキテクチャー
(2)統合情報システム立案
(3)組織資本、人的資本、情報資本の整備(レディネス)計画

フェーズ7.プレゼンテーション、報告書

2009年4月3日金曜日

アジャイル開発とIT投資マネジメント

情報システムは大規模化し長期化している。初期投資は増加し、本番稼働しなければ効果は得られない。つまり、支払と利益取得のタイムラグはますます拡大する一方である。アジャイル開発では、効果が見える単位にプロジェクトを分割し小ロットで開発することを基本とする。そうすることによって、確実に支払と効果発生のタイムラグは短くなる。最初に仕様をすべて決めきるのではなく、環境の変化に機敏に対応できるよう、必要なソフトは必要な時に開発すればよいとし、ムダなソフト開発をできる限り排除することで、不要な発生を抑えることができる。価値に応じた負担と最小の経営リスクでの情報システム化を実現するための方策がアジャイル開発である。

情報システム開発に際してITベンダーとこんな会話をしたことはないだろうか。「何をしたいのか、要求仕様を明確にしてください」、「でも、ITで何ができるかよくわからないから、何をしたいかがよくわからない」。さらに、「今度、販売チャネルの仕組みを変えたいのだけれど変更できるか」、「もう開発が進んでしまったので変更でできません。変えるのなら追加料金が発生します」。経営者が聞いたら怒るかもしれないが、現実によく起こる話である。

この原因は、初期投資回収型モデルを使っているからだ。まとめてつくってゆっくりと効果を獲得するのに適している方法で構築している。最初に詳細に要求仕様をまとめ、できる限り変更しないことを前提として開発するのがこれまでの手法である。しかし、最初の仕様が、ユーザー部門と完全に調整されることは実際にはありえないし、実際に出来上がったものをみれば、具体的な変更要望が起こるのは当然である。さらに、プロジェクトが長期になれば、その間に環境変化や戦略の変更も起こる。それに対応できなければ、経営者や利用部門からは何のための情報システムか、といわれるに違いない。契約上、費用を支払わなければならないのに、である。

これらは従来型の開発手法で開発する限り避けられない。言い換えると、先に支払っても効果があがらないことが十分想定されるのである。効果は早く、支払いはゆっくりとする変動費型モデルへチェンジしなければならないのである。

アジャイル開発は、仕様が最初に決まらず、変わりうることを前提とした開発手法であり。①プロセスやツールよりも、人と人同士との交流を、②包括的なドキュメントよりも、動作するソフトウェエアを、③契約上の交渉よりも、顧客との協調を、④計画に従うことよりも、変化に対応すること*1、を基本としている。

そして、必要なソフトを必要な時に必要なだけ作るというトヨタ生産方式の考え方を取り入れ、チームワークを重視し、ソフトウェアの管理単位を小ロット化している。機能の試作を早く行い、すぐにユーザーが確認し、修正する。この繰り返しがアジャイル開発の基本である。アジャイル開発はプログラムの書き方ではなく、システムの開発方法、開発プロセスを意味している。

アジャイル開発の直接的な効果は開発費の低減、期間短縮である。岐阜県での実績では、とりわけ品質の向上が図れたと報告されている。開発期間の短縮は利益を早く自社にもたらすことができるばかりでなく、環境変化によってシステムが不適応を起こすリスクを最小限にすることができる。

経営者からみたアジャイル開発手法の最大のメリットは、なによりも発注単位を小さくできることにある。全体の範囲を最初から決めるのではなく、進捗に応じて明確になった部分だけを発注できることで、一括丸ごとで発注、支払いではなく、プロジェクトを分割して、停止や休止、縮小、さらに再開への多様な選択肢を持てることである。リアルオプションアプローチを活用すれば、このようなオプションをもつことが、さまざまな環境変化による不確実性から生じる損失を軽減することが明らかになる。まさしく、経営者にとって最大の価値となる。

*12001年アジャイル開発宣言

2009年4月1日水曜日

ビジネスデザイン

昨年秋に、IBMのCIO会議に参加しました。
そのとき、IBMのCIOが「経営とITの融合」を実現する「ビジネスデザイン」が必要だと強調しました。我が意を得たりと心の中で叫んでいました。その時には、すでにデザインシンポジューム2008@慶応義塾大学(工学系学会の横断的な我国最初の研究発表会)に、迷った末に「ビジネスデザイン序説」というタイトルで申込み済みだったからです。
それから、しばらくたって、「ビジネスデザイン学科」あるいは「ビジネスデザイン研究科」を持っている大学を調べました。そして、幾つかの大学がすでに設置していることが分かりました。しかし、そのカリキュラムは従来の経営学の枠に拘ったものでした。私には「デザイン」という考え方のないものに思えました。
そして、最近のことですが、ビジネスデザインという言葉は使っていませんが、宮田秀明東大教授の「経営のテーマは限りなく設計のテーマに近い」という言葉に巡り会いました(理系の経営学、日経BP社、2003)。

私の考え方に近いことには喜びましたが、一方先達者がいたことに「がっかり」しました。気を取り直して、設備であれ、情報であれ、それらの投資の経済性評価を軸にビジネスデザインに挑戦しようと気持ちを新たにしているところです。